ムシャーマの夜

波照間島の旧盆行事「ムシャーマ」を見に行ったのは2014年のこと。昼間はみるく(=弥勒菩薩)や獅子が練り歩いたり、島民総出の芸能大会(伝統的な演目が演じられる)があったり、村の中心の広場は隅々まで活気に溢れています。
そして、日が暮れると各家で唱えられる念仏が風にのって聞こえてくるような、静かなお盆の夜を迎えます。

そんな念仏の声に誘われて、村の広場に出てみると、頭上で「コホーッ」と鳴く声。すぐさま遠くから「コホーッ」と答える声。リュウキュウコノハズクにちがいない!
この時に録音した鳴き声を、春畑セロリさんに送ったところ、「この空気感、遠近感、このまま曲がかけるかも」という返信がありました。彼女と私が東京と沖縄と離れていても、なんとか連載が成立するのではないか、と実感を持つことができたのはこの時です。
自然が放つ言葉は雄弁です。
そして、生きものたちが、人間たちの生活のすぐそばにいることも、この時おそわりました。

奄美野黒兎

「アマミノクロウサギ」が「奄美野黒兎」だということを知ったのは、「ゼツメツキグシュノオト」の連載をしてからのこと。

字面では「奄美野黒兎」とわかっていても、音読したときのイントネーションは「奄美の黒兎」とは明らかに違います。そのことを強く意識したのは、CDの録音で朗読をしたとき。

知らないことは、まだまだいっぱいありますね。

CD裏面

さて、アマミノクロウサギの習性として、とても特徴的なのは、その子育てだと思います。
「ゼツメツキグシュノオト」では、そこをフォーカスして、「クレッシェンド」というタイトルの詩を書き、巣穴で再開する親子の絵を描きました。
天敵から守るため、巣穴を掘って子兎を隠し、授乳のときだけ開くという。

今回、「ゼツメツキグシュノオト」に生きものの解説を書いてくださったのは、科学コミュニケーターの深津美佐紀さんです。楽譜・CD・絵本のために、それぞれの媒体に合った解説を書き分けてくれました。

【楽譜】「ゼツメツキグシュずかん」
【CD】「ゼツメツキグシュについて」
【絵本】「ゼツメツキグシュの、ものがたり」

タイトルを見くらべるだけでも、それぞれの方向性が見えてきます。
楽譜では、ピアノを弾くかたのためにイメージを膨らませる解説を、CDは音を聴きながら、生きものたちの生態をより深く知るための情報を、絵本は読みきかせをすることを想定した語り口で、と、きめ細かな書き分けで、私も作曲家のセロリさんも、原稿が出てくるたびに感心しきり。
3つそれぞれを手にされた方は、ぜひ解説をご活用いただきたいのです。音楽や絵を通して、同時に生きものたちの知識が染み込むように伝わると良いと思っています。

さて、アマミノクロウサギの巣穴の話ですが、子兎からすると、閉じ込められるわけで、凄いことです。私には無理。
数十年前、検査のためにMRIに入ったとき、当時は筒状ではなく、頭の先が閉じられたドーム型でした。そのとき初めて私は閉所が苦手だということがわかりました。自分の感覚ですら、体験してみないとわからないということが、その時よくわかりました。


科学コミュニケーターの深津美佐紀さんへのインタビュー記事がアップされました。こちらから読めます。

セロリさん

春畑セロリという名前を聞いたとき、男性だと思っていました。なんとなく。

男性であれ女性であれ、こういうペンネームをつけるひとは、ちょっとトボケたところがあるに違いないと思っていました。実際のところ、そうでした。
仕事のクォリティは言うまでもなく高いので、トボケたところは、いい味をだすスパイス。とにかくオープンマインドで、ピアノ指導者の間にもファンが多いことも、すごく納得です。

そんなセロリさんですが、一度だけ「鬼セロリ」と思ったことがありました。
絵本の左ページに短い楽譜が載っています。これは、わたしの手がきです。

絵本化がほぼ決まって、セロリさんのアジト「トリゴ」で打ち合わせた際に絵の対向ページにはその絵の曲の『手がき譜』をぜひ入れたいという、確かにコラボレーションを積み重ねた末の絵本なので、楽譜があって当然なんだけど、なぜ『手がき』なの?
その日から〈手がき譜虎の穴!〉に突き落とされました。

試作品を作って作って作って、送ること数回、NG! NG! またNG!
これではたまらない、と思って、音符のタマやハタなどパーツに分けて描いたものをPCに読み込み、コツコツと並べたり、動かしたり、セロリさんのリクエストにすぐに応えられるようにしました。それでもNGは出て、
「じゅんこさん、そこのところもうちょっと余白が欲しいのよ、響きが残って余韻が感じられるスペースがないと」と言った具合に、優しい言葉遣いの中にもキッチリと要望を伝えてくる。

結局、すべての譜面ページが出来上がるまで、2ヶ月くらいかかりました。
どの部分に手こずったのか、工夫を加えたのか、敢えて説明しなければわからないと思います。なにしろ大半の人が手がきだということにも気づいていないです(楽譜を見慣れている人は別ですが)。
もちろん苦労話なんてしなくてもいいのだけれど、話したい気もします。いずれ、イベントでそういう話ができるといいなとも思います。
なぜなら、セロリさんからのダメ出しは、目から入る情報(楽譜)と音楽を表現することが密につながっていることを、教えてくれたからです。
楽譜はグラフィックな表現であることを身をもって(泣きながら)体験したのでした。セロリさん、ありがとう。

サインの宛名をハングルで

ゴールデンウィーク中の市場は微妙。観光客が押し寄せる店や食堂は無休で店を開け、地元客が通う店は「清明」のために休業していたり。
「清明(シーミー)」とは、二十四節季の一つ。沖縄ではご先祖さまたちのねむるお墓の前で一族が集まる、お墓まいり。お供えのお重を持って家族総出ででかけます。

5月4日と5日の2日間、市場の古本屋ウララの店番をしました。いつものコーヒー屋さんは開いているけど、お昼を調達する総菜屋さんは2軒とも閉まっていて、きっと清明に行ったのですね。そういう時は、いつもと違うお昼ゴハンを買う、それも楽しみ。
東京での発売イベント(4月28日の「いきもののオト、きこえますか?」池袋オクターブハウス)から戻って、ぼーっと疲れが取れぬまま、お店番が始まりました。

絵本を最初に買ってくれたのは、本土からの家族連れの観光客。学齢前らしき男の子を連れて、「ゼツメツキグシュですって、CDもあるよ、絵本と音で答え合わせができるね」と言って、CDまで手を伸ばしてくださったのだけど、お買いもとめまではいかず。喉元まで「わたし。。作者です」と出かけた言葉を、飲み込む。まだまだ押しが足りないな、ちょっと後悔しました。
初めて自分の手で売った自分の絵本。本とお釣りを順番に手渡しながら、うれしい気持ちを噛みしめました。

2冊目は、韓国からいらした家族連れのお客さん。小さな赤ちゃんを抱きかかえたお父さんが、ニッコリとお店の前に立って、「ウララの本を読んできました」。(あっ、来た!ウララファン)

この本を読んで沖縄へ

いつもの通り「宇田智子さんは、今日はいません。ごめんなさい」。言葉を交わすうちに、「息子に絵本を買ってあげたい」とおっしゃるので、絵本の並ぶ棚を教えました。
「ゼツメツキグシュノオト」に目をとめてくださってる、、、と思った瞬間、「それ、私の本です」と口から言葉がこぼれ、「アイム・イラストレーター」と、日本語では言いよどむ言葉を勢いよく発していました。
即決で買ってくださるとこになって、サインを求められ、宛名に男の子の名前を書きました。サインに宛名を書くのは初めてでした。
ハングルの綴りをたずねるとメモ用紙に書いてくださって、それを一文字ずつ絵本に書き込みました。うれしくて、自分のサインを自ら写メ。そんな一連の作業をする、ほんのわずかの時間ですが、なんとも言えない良い空気が2坪の店を満たしてくれたように思います。

3冊目は、ウララの常連さん。地元の知り合いが買ってくれました。もちろんCDも一緒に。もう躊躇はナシ。

音楽のちからで海を渡るぞ

(つづき)
その(2)
音楽のちからで言葉の壁をこえるぞ!

ウララの帳場に座っていると、1日に3組くらい、外国からのお客さまが本や絵はがきを買っていかれます。
それは、店主宇田智子さんの本、前述の「那覇の市場で古本屋」の韓国版と台湾版、また彼女の2冊目の本「本屋になりたい〜この島の本を売る」(ちくまプリマー新書)を読んでウララにやってくる方たちで、お店のまえに立たれただけで、宇田さんの読者だとわかります。

「本を読んで、沖縄へ来ました」「いい本屋ですね」「本屋をやりたいんです」と、なかには日本語で話しかけてくださる方もいらっしゃいます。宇田さんと話すために、この言葉を用意して来たんだろうな、と思うと申し訳ない気持ちになります。2坪もないこの店でちいさな国際交流が生まれるのは、宇田さんの『本』があるからで、まぶしく、羨ましいことでした。

CDも店頭で見つけてね

そんな店頭に、絵本「ゼツメツキグシュノオト」を置いてもらえる。夢のような話です。実際にはCDも置いてもらいました。ピアニストの内藤晃さんの繊細なピアノは、清らかな気持ちにさせてくれます。CDの中には私の朗読も入っていて、それは「生きものたちのつぶやき」と思ってください。録音した当座は恥ずかしくて仕方ありませんでしたが、今はやっとこれも作品の一部と思えるようになりました。(朗読なしでピアノだけで聴くこともできますので、ご安心ください)
音楽がいっしょだと、日本語が読めなくても、音楽のちからで「ゼツメツキグシュノオト」のエッセンスが伝わるにちがいない。春畑セロリさんのピアノ曲には、エッセンスをナチュラルに伝える魅力があります。

というわけで、那覇の小さな古本屋の店先で、これからもたまに店番をしながら、コツコツと絵本を、CDを、できたら楽譜も、世界へ売っていきたいと思っています。きっと言葉をこえて、「ゼツメツキグシュノオト」のメッセージが伝わると信じています。